ビル•パーキンス著の『DIE WITH ZERO』について書こうと思います。
まだ読んでる途中ですが「死」と「金」に対しての考え方とても新鮮で考えさせられます。
名著だし、本屋にも目立つように並べられてるので「いつかは読まなきゃなー」と思ってました。
しかし、読んでると興味を引く文面もあるのですが、「なんかよく聞く話だなー」と思う部分も多々ありました。
やはり名著なだけあって他の本に引用されてたり、YouTuberがこの本から影響を受けて情報発信してるのをよく見るからだと思います。
さて、この本の中でとても印象を受けた文章のお話をします。
p189の‘人は生涯を通じて何度も小さな死を経験する’という文です。
ここではいつまでも娘と子供用のプールで遊んだり、子供向けの映画を一緒に楽しんだりできるわけではない。小さい子供の父親というステージが終わり、子供が大人になった父親という新たなステージに変わる。
ステージの切り替わりを「小さな死」と表現しているのです。
そして、人は期限を意識することによって行動が変わり幸福度が上がるとしています。
「小さな死」という言葉を目にして僕が真っ先に考えたのは、幼少期に虫取りや用水路で魚釣りなどをよくしていました。転んで擦りむいたり、蚊に刺されたり、泥だらけになったり気にせずにただ自分の気持ちにだけ向き合って過ごしていた感覚を思い出します。
大人になってからはいざ同じ状況になってもたくさんの制約が浮かんできます。
「服が汚れたらいやだな」「遊んだらあとですごく疲れるんだろな」「明日も仕事なのにな」「(一緒に来てる)姪っ子安全に遊べるか見とかないと」
まだまだ身体が小さく、感覚だけで遊び回ってた自分から大人に成長したと考えがちですが、別の味方をすると小さかった自分が「小さな死を迎えた」とも見ることができます。
僕の友人は20代でひたすらゲームに打ち込んでます。その理由が歳をとったらゲームに対しての感受性が失われて心の底から楽しめなくなるからだと言ってました。
彼もまた、100%ゲームに興じることができた自分が昔いて、それが「小さな死」迎えたことを悟った経験があるのかなーとしみじみ思いました。


